新型コロナ禍とオフィスと働き方

コロナ禍とテレワーク

2020年4月、コロナ禍により緊急事態宣言が出され、多くの企業は在宅勤務の導入を余儀なくされました。それまで一般化しなかったテレワークが広く行われ、予期せぬことではありましたがテレワークによる働き方の大規模なフィールドテストが行われることとなりました。一部の企業では以前から試行としてのテレワークや在宅勤務が行われていましたが、ほとんどの企業でこれほどの業務をテレワークと在宅勤務に切り替えることは経験がなく、ノウハウもないままに実施せざるを得ない状況であったため、その評価は企業により様々でした。

NTTコムが2020年9月に行った調査では緊急事態宣言時に回答者のうち41%が在宅勤務を経験し、9月時点でも27%が在宅勤務を継続しています。回答をみると、在宅勤務ではワークライフバランスの向上が観られる反面コミュニケーションの効率が下がっています。業務生産性は個人は向上しているがチームのそれは低下したとなっており、テレワークに対しては高評価と低評価が入り交ざった結果となっています。(NTTコム、ホームページ、テレワークと会社満足度に関する調査【前編】)

しかし、その後も主に大企業を中心としてテレワーク在宅勤務はオフィス勤務と並行しておこなわれており、通信環境の整備やテレワーク在宅勤務に合わせた労務管理なども導入が進んでいます。さらに、都内の賃貸オフィスではテレワーク在宅勤務の本格導入を前提とした借り換えや賃貸面積を縮小する動きも見えてきています。オフィス契約の事前解約通告から予測すると、この傾向は2021年の初夏あたりに顕在化するとの専門家の報告もあります。

新しいオフィス形態実現への動き

このような動きを前提として、2020年後半に一気に活発になったのは新しい働き方に向けての人事コンサル系のウェビナーであり、コンピューターシステムによる働き方支援システム提案であり、また家具メーカーを中心としたニューオフィスやホームオフィスに向けてのオフィス提案活動です。

テレワークを前提とした分散オフィスはすでに30年以上の試行が続いており、日本ではゼロックスが1990年代に本格的に試行を行い、また近年は政府の働き方改革を受けて多くの企業が施行を行っています。しかし、テレワークを中心とした働き方とはそれまでの日本の働き方のパラダイムシフトを必要とするものであり、その大きな変化にともなうリスクを受け入れて働き方を変える企業はほんの一握りでした。

今回、新型コロナ禍により強制的な実施により多くの企業の経験値が高まりデータが集まったため、新しい働き方と新しいオフィスの形態の実現可能性が現実性を帯び、その実現に欠かせない人事システム、情報システム、オフィスシステムの各業界が、未だブルーオーシャンであるこの分野に向けて一気に動き出したとみて良いでしょう。

「新しい働き方実現のための新しいオフィス形態」という考え方の重要性

では、この新しい流れをどう受け止めたらよいのでしょうか。

まず、考えなければならないのは、ほとんどの企業にとって2020年のテレワークによる在宅勤務はコロナ禍という厄災への対応策として急遽導入されたということです。

本来、勤務形態の変革とは働き方とそれを支える労働制度の変革と共にあるものであり、いままでの働き方に問題が無ければ行う必要のないことです。しかし、特に生産性の低さなど旧来の働き方の課題は多く指摘されてきました。さらにGALLUP社が行った調査において日本の会社員のエンゲージメントは139カ国中132位、実に労働者の70%が労働に対しての意欲を失っているという衝撃的な結果が出ています。(ただしエンゲージメントと生産性の因果関係は本稿では考えません。ワークライフバランスあるいはウェルビーイングとの関係性で考えています)
そして、今回は労働制度の変革が行われないままコロナ禍という出来事に押されて新しい働き方が導入され、そこで多くのコンフリクトを起こしています。

以上の状況を鑑みるに、実施されたテレワーク・在宅勤務の評価をコロナ禍での試行のみにおいて行うことは意味をなさないばかりでなく、至って将来の企業の在り方に誤った判断を下すことになってしまいます。今行うべきは将来のあるべき姿を考慮しつつ、今回テスト的に導入されたテレワークや在勤務およびその延長線上にある分散型オフィスについて可能性と課題を評価し、企業の将来に向けての施策として労働制度の変革と共に受け入れるか否かを検討することです。

新しいオフィス形態への移行に必要な事
帰納的な発想によるデザインと演繹的手法での変革
UXの評価と改善

新しい働き方に伴う新しいオフィス形態とは旧来のそれらからのパラダイムシフトです。パラダイムシフトに必要なものは、まずは帰納法的なアイデアでありリスクを伴った行動です。

建物やオフィスの保守管理は現行稼働状況から課題を抽出しPDCAを回して課題を解決します。これは改善の手法です。しかし今テーマとなっている働き方とオフィス形態の変化は旧来のオフィスからのパラダイムシフトであり、不確定な未来にむけての変革です。そのためいくら現状のデータを分析しても新しいオフィス形態のあるべき姿は見えてきません。必要な作業は現状の総合的な把握と将来に視点を据えた試行錯誤であり帰納的な発想のジャンプです。この手法はデザインシンキングとしてまとめられており、パラダイムシフトを主導した多くの先進的企業において行われてきました。

そしてオフィスがある形を成したならばその次の導入後に必要なことは、PDCAのサイクルです。UX(ユーザーエクスペリエンス)評価と改善が行われなければ新しいオフィスもユーザーにとって心地よいものとはならないからです。

通常のオフィス計画プロジェクトに加えて、特に重要課題となると思われる項目

①横断的なチーム編成
働き方のパラダイムチェンジを含む計画ですから、人事チーム・情報システムチーム・オフィス企画運営チームの連動が必要です

②ドキュメントの整備 設計説明書
オフィスの図面やスペックのリストなどオフィスの設計図書に加えて、新しい働き方の計画書、企画段階から考えられた新しいオフィスの意図と想定される機能の説明、これらを設計説明書としてまとめることが必要です。このドキュメントを基に、定期的なUX調査や設計の評価が行われ改善を行うことができます。

③ステークホルダーとのコミュニケーション
ステークホルダーへの伝達は口頭、マニュアル、集会、その他あらゆる手段で効果的に行われなければなりません。新しい働き方への人事システム、情報システム、オフィスシステムは手段であって、目的はワーカーの働き方の改革だからです。ワーカーをプロジェクトチームの一員として加えることも考慮すべきでしょう。
伝達先は従業員のほかに協力会社など各サービサー、顧客、出資者など多岐にわたります。物理的なオフィスサービスを行うサービサーの業務仕様や業務方法は従来のオフィスとは大きく変わると思われます。サービサーが新しい業務に対応できるよう要求水準のブリーフをしっかりと纏めます。
コミュニケーションツールはそれぞれの担当者が最適と思われる手段を用意しますが、事前に十分な期間をとって計画的に行う必要があります。

2021年は多くの企業が新しい働き方に向けての試行を開始することになるでしょう。
本稿は2021年1月に入手できた情報をもとに組み立ててあります。今後新たな情報や経験値により、随時ブラッシュアップしていく予定です

2021年1月4日 物と事の作業室作成

2021年1月6日 文章の分かりにくい文言を修正しました。
2021年6月3日 図を修正し文章を変更しました。