Thailand Bangkok
ハイライフ
タイの王宮からチャオプラヤー河沿いに数キロ南に下ると、河の西岸に高層ビル群が見えてきます。
再開発で建設された高層の高級コンドミニアム、最新大型ショッピングモール、ラグジュアリーホテルです。とても現代的で無国籍、生活感の無いスマートな建物です。
高層コンドミニアムは日本でも社会的なステイタスと結びついていますが、この再開発された一帯のデザインもアッパーミドル以上のクラスのライフスタイル、いわゆるウォーターロントの ハイライフを強くイメージさせます。当然、投資物件としても評価されていると思われます。バンコクの新しい街並みです。
設計はタイの設計事務所が行っています。 タイの建築事務所といえばドメスティックな魅力をついつい求めがちですが、このよう大型のモダン建築を作る組織があることも注目すべきと思います。
インキュベーション
高層コンドミニアムの対岸に、以前中央郵便局であった建物を改修したインキュベーション施設があります。タイ政府機関CEA(クリエイティブ・エコノミー・エージェンシー)により運営されているTCDC(タイランド・クリエイティブ・デザイン・センター)です。
TCDCは国家のクリエイティブな人材育成を行うために設けられ、タイの文化と現代の知識・テクノロジーを結びつけることを目的としています。(ホームページより抄訳)施設にはコワーキングスペース、ライブラリー、カフェ、ギャラリー、デザイン雑貨ショップ、等が設けられています。ワーキングスペースとライブラリーは会員製で、それ以外は誰でも入ることができます。
TCDCは施設運営だけでなく、アイデアのビジネス化のためのワークショップやカンファレンスなどソフト面の多彩なメニューで、スタートアップ企業や学生など、これからの社会を担う人材に対して総合的な支援活動もおこなっています。
エントランスホールに入って目を引いたのは、壁に掲げられたバックミンスターフラーの言葉でした。
You never change things by fighting the existing reality. To change something, build a new model that makes the existing model obsolete.
この施設において、タイ政府は若者に改良ではなくブレイクスルーを望んでいる、それをデザイン思考で成し遂げようということでしょうか。
建物の内部はリノベーションされ、館内サインを見ると、いろいろな機能の部屋がいくつも並んでおり興味を惹かれます。
エレベーターに乗って屋上テラスに出ればバンコクの代表的オフィス街、高層ビルが立ち並ぶシーロムエリアが一望できます。遠くにはOMAが設計したマハナコーンタワーも見えます。TCDCの立地は既存のオフィス街に埋もれることもなく、かといって遠くもなく付かず離れずで、かつ新しいライフスタイルが生まれつつある場所にあり、組織のポジショニングにとても合っていると感じました。塔に取り付けられたガルーダ像の飛躍するイメージに気分が上がります。
テラスの横の通路にはカジュアルながらクールな雰囲気の若者たちが、スマートフォンで話したり画面を見たりしています。
この国はジェンダーによる社会進出の差があまり感じられないのですが、ここも例にもれず多くの女性起業家や女子学生の姿を見ました。(調べてみると、このTCDCのトップも女性でした)
カフェでは、ちょうどアイデアを事業化するためのワークショップが開かれており講師を囲んでミーテイングが行われていました。壁にはここで開発された商品が展示され、複数ブランドのタイ産オーガニックコーヒーも販売されています。腕に模様の入った元気なバリスタが流行りのサードウェーブコーヒーを淹れてくれました。コワーキングスペースとライブラリーは、パンフレットや入り口から見る限りではかなり充実した内容のようでした。(再訪の機会があれば、ここはきちんと時間をとって見学したいと思います)
このような、国がクリエイティブなビジネスを支援する大掛かりな施設は日本では見たことが無く、非常に興味深く感じました。
まだ結果も出ていないスタートアップの企業に対して多面的に充実した支援を行うには私企業では限界があり、ここのようにハードとソフトの両面でタイ政府に積極的に支援してもらえればスタートアップの企業はとても心強いだろうし、成長のスピードも加速すると思います。
新しい世代
TCDCからほど近い場所に、倉庫をリノベーションした商業施設があります。外観は無機的な倉庫そのまま、外構もアスファルトで色気もそっけもないものです。建物内は鉄骨の構造体と空調などの設備を見せたインダストリアルな雰囲気で、室内は大きく仕切られ、ガラス張りのファサードを前面に組み込んでテナント区画としています。
既存の躯体の内部は塗装を塗り替え床も打ち直してあり、空調などの設備系は新設されています。一見倉庫のままのようでもそれなりのコストをかけて、商業施設としてのグレード感をやりすぎない程度に上げています。
特定の消費者に向けてのライフスタイルショップとして、アパレルショップやカフェレストラン、生活雑貨店、ギャラリーなどが入居し、どのテナントもヒップな感覚が見て取れました。
他のショッピングモールのような誰にも分かりやすい金のかかった訴求は無く、ここで楽しむにはある程度はサステナブルといった社会テーマや流行のアートやファッションなどについて知っていることが必要で、あえて分かる人が来れば良しとしたコンセプトが見えます。たしかに交通の便も良くなく看板も控えめで、観光客の姿はあまり見られません。大掛かりな商業施設の客層とは異なった、新しいライフスタイルに惹かれるトレンドに敏感なバンコクの若い人たちが集まっているようでした。
カフェレストランではモダンでカジュアルな創作アジア料理が供され、興味深いのはストローに植物由来のプラスティックであると明記されていることでした。食事をする人も提供する側も自由でファッショナブルで、そのような若い層がサステナブルであることに価値を見出していることに気付かされます。
当日はこのエリア一体で日本企業が主催するイベントが催されており、あちらこちらで撮影会が行われていました。皆臆することなくしっかりとポーズを決めています。人前で自らをアピールすることに躊躇せず堂々としています。
TCDCも含めて、このエリアに集まる若い人たちには共通の雰囲気を感じました。それは豊かな社会を背景にITのリテラシーが高く環境問題にも高い関心を寄せる若いアッパーミドル層の雰囲気です。自己顕示欲も強く自信家で時にそれを揶揄されることもあるが、確実に社会の新しい価値を支えつつある層とでも言えるでしょう。日本でもそのような若者を多く見ます。情報と経済のグローバル化が進み、国や地域は異なっても同じような価値観を持つ世代が確実に一定数存在するのではと強く感じました。
街中で会ったバンコク生まれのタクシー運転手はこの街が好きだと言っていました。ホテルで働く地方出身という若者はバンコクの人に良い人はいないので、本当はこの街は好きになれないと打ち明けてくれました。TCDCで働く若者は旅行で渋谷に行ったと楽しそうに話してくれました。
短い滞在で観たバンコクは、多様で混沌としているなかに実はそれなりに階層化された秩序があり、外に向かって開かれ、スピード感をもって前進し、それを良しとする者とそうでない者が分かれ、それでも現在進行形で疾走する勢いに溢れる街でした。
この国はインドシナ半島各国の先行指標であるように見えます。今までにない新しい 繁栄の形が秘められているのではないか、それが実現できるかどうか、いずれまた訪れる機会があれば、ぜひその姿を見たいと思いつつタイを後にしました。